忍者のトリック・H君

「昨日の日記見たよ。やっぱり中判はいいね」と夜中にメールをくれたH氏。 「昔は高くて手が届かなかったけれど今なら安いし買おうと思ってるんだけど相談にのってほしい」と続きます。 「どんなのを買うの?」と聞くと「広田くんと同じやつ」との返事。 色々聞いていくと、ある錯覚をしていることが分かりました。 中判イコール135判に較べて細かい部分まで鮮明に写るということ。 それは危ないワナです。 ▲このサイズの違いから錯覚してしまいそうになるけど落ち着いて。 極限まで大きく伸ばす際には粒子の面から有利なことは確かです。 でも、どうしても避けて通れないレンズの持つ解像度というリミッターがあるから少し厄介。 同じ倍率のルーペで細かく観察していると綺麗ではあるけれど それは元々のフィルムが大きいだけというトリックで実際にはフォーマットの倍率分、細かい情報量が入っているわけではありません。 「このルーペで135判のフィルムを覗くのと、このルーペで6×6のフィルムを覗くと初めてイコールコンディションだよね。そうすると実際変わらないでしょ。デジタルで言えば云々」 そこまで説明すると理解してくれたのですが 「でも中判って凄い立体感が出るじゃん」とまだ信じられない様子。 実はここにもトリックがあります。 135判の80mmといえばポートレートなどで背景をボカすのに適した焦点距離ですよね。 それに対して例えば6×6のフォーマットでは80mm付近が標準レンズ。画角としては標準なのに背景が同じようにボケる。 同じ焦点距離。同じ絞りならばフォーマットの大きさが変わってもボケかた、被写界深度は変わることはありません。 つまり80mmのF2.8で撮ればハーフや110、135判や6×7判。ましてや8×10でも被写界深度やボケ、パースが変わることはないんです。 望遠っぽくない画角で背景にボケを出しやすい。(被写界深度が浅い)というわけです。 逆に広角でも同じ考え方で問題ありません。 画角で考えるならばボケが変わってくるという状態です。 ▲自分のフィルムマガジンについていた引きフダ。4×4、6×4.5、6×6の原寸大がトレースされている。 こうして考えてみるとフォーマットの大きさというのはカメラとしての絶対的な性能ではなく表現の方法、撮り方に対して選ぶものだと思います。 大きいフォーマットではボケを意識した絵づくりを。 小さいフォーマットでは絞込み全体的にピントを合わせやすく、速いシャッターを切る。 というのが全てではありませんが基本的な考え方ではないでしょうか。 もっとも、昔は製本で135判などは全く使いものにならなかったという話しを聞いたことがあります。 なにしろ印刷するにはフィルムサイズの4倍(約ハガキ大)までしか伸ばせなかったというのだから無理もありません。中判でも小さかったと聞きます。もっと遡ると等倍。つまり135判であれば24mm×36mm(マッチ箱より小さい!)の大きさでしか印刷できなかった時代もあるというので、いかに印刷技術が進歩しているかが分かります。 ところが今は様々な人の努力が実を結び135判でも全く問題なく雑誌の見開きに使うことができる時代になっています。 そう考えるとフィルム全盛時代にAPSサイズの本格的な高性能一眼レフがあればよかったのに。 と思うのは私だけではないはず。 もし、そんなカメラがあったならばシャッターもより高速化が進められたはずだし 決して撮れない世界がそこにあったのかもしれません。 少なくとも鉄道を撮るのに最高のカメラが完成していたはずです。 でも現在デジタルカメラの普及に伴いフォーマットのサイズに巾が出てきました。 これは面白い現象です。 フォーマットは大きい方がいいというわけではないことを誰もが実感できるのではないでしょうか。 デジタルカメラを使ったことがない人や、まだ使い始めて経験が浅い人は「デジタル(フォーマットが小さいという意味)は広角に弱い」といいますが、こうして考えると少し違いますよね。 そんな私も最初はそう考えてしまいましたが元々違うフォーマットとして広い視野で考えれば分かることでした。 やっぱりカメラって最強がないのと同時に万能なカメラもないんですね。 ▲100mmのF5.6付近は好きなテイスト。これはどんなフォーマットでも同じ味を楽しむことができる。画角はもちろん変わるけれど、それは二の次。 そんなやりとりをするとH氏は「やっぱり30Dを買うよ」となってしまいました。 なんという変わり身の早さ。さすが忍者屋敷でアルバイトをしていただけのことはあります。 「うん、その分レンズを買えばいいんじゃないかなぁ」とメールしたわけですが 夢を壊してしまったようで「自分の言い方があまりにも覚めていて現実的すぎたかなぁ」と反省してしまいました。 今朝になり「もう少し色々と話したほうがよかったのでは」と考えていると彼の携帯からメールが届きました。「今30Dを買ったよ!」と興奮している様子が伝わってきます。 さすが忍者。フットワークが軽い! なんて感心していると 「ハッセルの500CとC/Mって何が違うの?」というメールが。 どうやら、まだ買うつもりです。 「ハッセル選びは難しいからつきあうよ」と言いたかったけれど彼は遠く離れた場所に住んでいるため、そうもいきません。 「とりあえず焦るな。」とだけ伝えました。 彼の希望するタイプのカメラは古いものです。 新品がなく中古だけという状態ですから、それなりに値段とコンディションに開きがあります。 できれば安くていい物を手に入れてほしいから、じっくり見て買ってもらいたいのですが何がよくて何が悪いのか区別もつかないと思います。 信頼できる中古カメラ屋さんを選ぶことから始めたほうがいいのではないかと思い幾つかのことを教えました。 長くなってしまったのでその話はまた。 忍者H氏と今回のやりとりをしていたら 「オレ全然知らなかったから日記ネタにしてよ。多分そう思ってる人っていると思うから。」 というわけで日記になりました。 「そんなの分かってるよ。当たり前じゃないか!」 という方ごめんなさい。

北海道の視覚 刺客 四角

今回はモノクロとポジで撮影していたのですが モノクロが全滅してしまったので 結果的にポジ100%となってしまいました。 それぞれのフィルムの個性があるので、その場その場でマガジンを付け替えて狙った色を出すというのも面白いものです。 ネガフィルムやデジタルと違い 撮影して現像してしまえばプリントでその差を埋めることもできないので クリエイティブな部分と引きかえに気楽を手に入れることができるから ある意味ラクチンだと感じます。 サハリン帰りのD51は不思議な色に塗装されていて それが剥がれ錆が出始めていることからD51の表面は とてもSLとは思えない色になっています。 下草が不気味な色にならないようにするため 微妙にライトを当てながらの撮影となりました。 HASSELBLAD500C Planar100/3.5 E100G こちらは緑が完全にバスクリン色になってしまいました。 もっと軟調なフィルムを使わなければならなかったですね。 HASSELBLAD500C S-Planar120/5.6 RDP? ここまで静止または比較的ゆっくりの写真を貼ってきました。 しかし最近よく質問されるのが「ハッセルで動体撮影はできるのか」ということです。 正直あまり得意な分野ではありません。 多くの方がスタジオ撮影や風景、お散歩で使うカメラです。 でも元々は鳥を撮るのが好きだった人がつくったカメラということで それなりに撮ることはできるのではないかと考えてしまうのです。 しかし自分のカメラはレンズシャッターということもありシャッター速度は最高1/500秒。 さらにはフォーマット自体が大きいため、そのまま撮っては被写体ブレのオンパレードとなってしまいます。 だから三脚に固定するわけにもいかない。 ということで流すしかないんですね。 流してしまえば、どんなカメラでもそんなに変わりはありません。 ウエストレベルファインダーということで左右逆の像となってしまいますがファインダーを覗いている以上は、その中に集中してしまうので違和感なく撮影することができます。 HASSELBLAD500C Planar100/3.5 RHP? だからと言って、ずっと中判で撮りつづけるかというとそんなわけもなく、あくまで趣味の世界だけにしておこうと思っています。 その方が楽しいこともたくさんあるからです。 世の中には楽しいカメラがたくさんありますがスペックだけでは語れない楽しさがたくさん潜んでいます。 コンパクトカメラでも大判でも、とにかく好きなカメラを持って写真を撮るのは本当に楽しいことですね。 そして、それで鉄道を撮ればもっと楽しいと感じてしまいます。

北海道の視角 死角 四角

フィルムで撮影したものを日記に貼りたいと思いながら 実際には現像というタイムラグが生じるため なかなかタイムリーにはいかないものです。 仕上がった写真を見る時間もない日々が続いていたのですが 今日は少し時間があったのでスキャナーをスイッチオン! 北海道には予想通り正方形な光景がたくさんありましたよ。 前回、四国&九州で撮った「正方形」は少し窮屈に感じたので 今回はそのあたりを考えて撮ろうと思いました。 まず北海道に上陸して最初にシャッターを切ったのが馬です。 実は急に北海道へ行くことにしたので何だか実感がなかったんですね。 それで、いきなり鉄道を撮るよりベタでも北海道っぽい被写体を。 と考えたわけです。 HASSELBLAD500C S-Planar120/5.6 RAP-F 長期に渡り撮影した富良野線。 貴重な晴れ間なのですが、こういう時に限って列車は来ない・・・ 雲が、いい位置に流れてゆくのを待ちながらワンショット。 HASSELBLAD500C Distagon60/3.5 E100VS 対してこちらは完全なる快晴ではない状況ですが 西陽が差したような演出をしています。 優しいフレアが出るレンズはこういう時にいいですね。 HASSELBLAD500C Distagon60/3.5 RHP? またしても父から借りたSWC。 本当に気持ちのよい「まっすぐ」を描いてくれます。 別体ファインダーだから撮影する時には、この状態を知ることはできないので現像から仕上がってきていつもシビレてしまいます。 HASSELBLAD SWC Biogon38/4.5 E100G つづく

このスタイルは何故?

前々回の日記で上を向いたハッセルがありました。 ハッセルブラッドは元々大好きな鳥が撮りたくて開発したのだと聞いたことがあります。 ということは必然的に飛ぶ鳥も追っていたわけですよね。 だから、このようにマガジンにRをつけたのかな。と思っています。 これなら地面に接地させ飛び立つ鳥を自分の少し後ろまで撮影することができるじゃありませんか。 その際、直立で三脚座により浮いた状態から傾けてゆくとボディは傷つかずにマガジンだけが接地するのです。 そして、これがまた大変安定するから凄いですね。 6×6という正方形の絵である以上、縦位置、横位置といったカメラを傾けて撮影することはありません。 上空を狙うという考えで作られたカメラだということが分かります。 ボディを取りまく突起はすべて簡単に交換できるものばかりなので傷ついたら交換すればいい。という考えなのでしょう。 確かにボディよりマガジンなら安く済みます。 カメラは無機質なものですが、こういう考えを持つプロダクトデザインに弱いのです。 直接的に優しさを訴えられるより効きますよね。 それを知り部品も交換できるから、いつまでも新品のトキメキと永年の愛着により孫の代まで使えるカメラになるのだと思います。 中判カメラというと「大きくて重たい」というイメージがありますが実際はとても軽量コンパクトで一日中持っていても疲れることはありません。 でも軽いのはカメラだけで、写りは信じられないほど重量感に溢れています。 1ヶ月1万円のハッセル貯金、始めてみませんか? ファインダーを覗き正方形の世界が広がる。それだけで買う価値は充分にあります。 ましてや、それが写ってしまうのだから。 と1日で3つのハッセル日記を書いてしまいました。 だからといってデジタルが嫌いになったとか、そういうのは全くありません。 むしろデジタルの方が、やることはアナログだし人間味にあふれていると思うぐらいですから。 仕事で写真を撮る。という以前に、「ただの写真好きの人間だ」ということを改めて実感しています。

単純なものだから世界をまわり宇宙まで

ハッセルブラッド500C/Mは3つのエレメントにより構成されています。 135判からスイッチして一番ありがたいと感じるのはマガジンが分かれることではないでしょうか。 よくビデオカメラと間違われます。 3分割ということは色々なメリットがあります。 撮影途中でも違うフィルムをチョイスできるし幾つかのマガジンを持っていれば同じフィルムを何本か予め挿入しておくことによりモチベーションを保ったまま多くの枚数をこなすことができるというのは大きな魅力でもあります。 また豊富なアクセサリーの中にはポラロイドマガジンもあり、中古市場では安価で買うことができます。 多くの枚数を撮影できる。すぐに露出などが確認できる。 というものはデジタルカメラの特権ように扱われていますが、このシステムが昔からあるということは多くのプロにより愛されてきた理由が分かる気がします。 豊富なアクセサリーによる拡張性。長い歴史と多くのユーァーがなければできないものかもしれません。 世界一周をクルマで達成するならフォルクスワーゲン社製に限る。 というのが合言葉だと聞いたことがあります。 なぜかというとフォルクスワーゲンのエンジンも車体も単純だからだということです。 「単純ゆえに壊れにくい。壊れてもたかが知れてるからすぐに直る。生産台数も多いから発展途上国に行っても部品があるのさ。」 それを聞いた時には納得しましたが実際に自分のワーゲンが北海道からの帰り道エンジントラブルで壊れてしまった時も、分解すると「こんなに単純なんだぁ」と感動した思い出があります。それは中学で習った4サイクルエンジンそのもの。 男なら誰でも直せるエンジンだと思いました。しかし、新しくなってきたモデルはそうもないかないようで、これも時代の変化というところなのでしょうか。 ハッセルも構造は単純。見ればどういう動きをしているかぐらいはすぐに理解できてしまうほど。 なにしろ電気を使わない機械仕掛けです。 電気を使うハッセルもあるけれど、やはり部品の点数を少なくして単純に作ったからこそ旅人も持つし、なにより人類初の月面着陸という大舞台にも選ばれたのだと思います。 機能美以外に出る言葉なし。 でも、やはりフィルムをとりまく状況は厳しくなるばかり。 6×6なら24枚撮れるマガジンは安くなってきているけれど肝心のフィルムは使えるものが少なくなってきています。 硬いトーンのフィルムを選ぶぐらいならハッセルを使う意味も半減してしまうし・・・ 実は最初120のフィルムは220のマガジンにも入ると思っていたのです。 だって普通の135判では36枚撮りも12枚撮りのフィルムもそのまま使えるじゃありませんか。 で、撮り終えてからハッセルの相談役である和田さんに聞いたところ「使えないよ~」とのこと。 どうやらハッセルよりもフォルクスワーゲンよりも単純なのは私のノーミソだったようです。 それを知った私は、どうせ写ってはいないことを知ると撮影したフィルムを引き出し(当然感光してしまう)構造が違うことを知ったのでした。そのまま、どういうメカニズムなのか実験に移ったのは言うまでもありません。 ハッセルの専門書を持っているわけでもない私が始めた時は、こんな調子です。 「フィルム10本はムダにしなきゃね。」と言われましたが、まさにその通り。 ようやくマトモに撮れるようになった頃に「あれ?説明書発見!」 でも、説明書がなかったから動きを観察して想像して自分なりに頭の中でマニュアルが完成したし色々な発見もあったしヨシとしましょう。(つづく)

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YES MY MASTER!

写真の先生が私には2人います。 1人は父。そしてもう1人はハッセルブラッド先生。 このスウェーデン生まれの先生は厳しい人で使い方を間違えるとヘソを曲げ動くことをやめてしまいます。最悪の場合壊れてしまい長い修理が必要になることもあるというからビビってしまいますよね。    ハッセル先生。略してハッセン。 ハッセルというカメラは噂どおり、撮影するまでの儀式が多いカメラです。 でも、その儀式は写真を撮るうえでの本質的なものを教えてくれるのです。 「なぜそうしなければならないのか」をいつも考えなければ撮影することができないというのは厳しいようで優しさを感じずにはいられません。 で、実際使うと理にかなったカメラなのだと実感するのです。 撮影まで数々の儀式をこなし「いざ撮影」となると「よし撮りなさい」という声が聞こえます。 その声は人によって違うのではないでしょうか。 ヨーダであったり星一徹であったり、はたまた金八先生という人もいいるのかもしれませんが、そこからは先生の声が消え、自分と被写体が向き合う時間というのが存在します。 ここまできて、ようやくオートのカメラと同じ状態となるわけですね。 しかし解放されて気が抜けてしまうのか、あっ!と思った時には絞りこまず、開放のままシャッターを押してしまうという、まさにシャレにもならない状態となります。使い始めた頃は、よく、このワナに引っかかりました。 すると「タワケ!絞らなかったら真っ白の写真ができてしまうわい」ビシッとくる。 それだけに、いつも「よし、これで写るよな。」と自問自答しながらの撮影となるわけです。 撮影したフィルムを見るとVマークの切れ込みが。ハッセルで撮ったことの証しで存在感はピカイチ ちょっと凹むとここからまた儀式がはじまります。 なにしろ巻き上げないことには全ての操作ができません。 レンズを換えることもできないのです。 それでも使ううちに「これは理にかなっているな」と思うんですね。 カラクリの全てに必ず理由があるのです。それはカメラのことであったり写真のことであったり時には人生のヒントも隠されているからゲームや小説より面白くないわけがありません。 そんなカメラは時代遅れだという人もいることでしょう。 でも皆、使うことをやめない。 それが、なぜなのかは使ってみないとわからないところだと思います。 今ここで喋ってしまうのは簡単で、オシャベリな私としては言いたい気持ちでいっぱいですが、それは映画のストーリーを教えてしまうのと同じことですよね。 せっかくの愉しさを奪う権利は私にはありません。 すべて理由のある形状からつくられたのに美しい。これぞ機能美か。 ▲ロシアの人形マトリョーシュカやボトルを連想させる置き方ができるのも魅力。このスタイルにも大きな理由があった。 昔はハッセルといえば家一軒分以上の金額が必要だったと聞きます。 その独特なカッコいいスタイルと相まって、どこのショップでも格が違う場所に展示されていた物を見るたびにハッセル=高い=お金持ちのコレクションカメラという図式が頭の中にありました。 いつしか、それは嫌悪感を伴うエンスーカメラとしてインプットされてしまいました。 しかし手にすると「これはバリバリ使うカメラじゃん」ということに気がつくのです。 しかも、この500C/Mなんか今では月1万円の貯金をすれば1年以内でも買うことができるというのは本当に恵まれていると思います。それもレンズ、マガジンもついたフルセットですよ。 それさえ買えばフィルムを入れ、すぐに撮り始めることができるのも大きな魅力です。 パソコンも電池もいりません。時々メンテナンスすれば孫の代まで使えるというのもウソではなさそうです。 (つづく)

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